石の重要文化財巡り


(53)石の重要文化財巡りは   八幡神社の石鳥居

(国指定重要文化財) 山形県山形市蔵王成沢字館山65
 
    この石鳥居の説明看板がありました。
   
   国指定重要文化財

   八幡神社の石鳥居             昭和二十七年十一月二十二日指定

   凝灰岩製、総高436p、柱は直径95.5pの直立柱で、その上に一石よりなる、島木と笠木をのせている。
  和様建築のこの石鳥居は平安時代末期の造立と推定されている。
   その頃に、この東方の龍山に興隆した仏教文化の遺物と考えられ、同様の石鳥居が、元木にものこっており、
  共に重要文化財に指定されている。
   この石材については、龍山の空清水(うつしみず)から、天仁二年(一一〇九年)に採石したという古文書が、
  この地区にのこっている。
   本県のみならず、わが国でも最古に属する、貴重な石鳥居である。

                         平成十八年四月                    山形市教育委員会
 
    と書いてありました。
西面 南面 東面 北面
   この神社の説明の看板がありました。

  由緒沿革                 御祭神    誉田別尊  (応神天皇)

 当神社は人皇七十代後冷泉天皇の天喜五年(一〇五七)五月陸奥守源頼義が安倍貞任追討の途次
 瀧山々麓の丘上に男山八幡を分遷し戦捷を祈願したと伝えられる。この丘は八幡山と呼ばれ今日の
 館山々頂である。住民これを崇拝し天仁二年(一一〇九)高さ九尺三寸柱の回り九尺三寸笠石三間の
 石鳥居を建立(国の重文)した。凝灰岩の石鳥居としては日本最古のものと高く評価されおります。
 永徳三年(一三八三)山形城主右京大夫直家六男大極兼義が成澤城を八幡山々頂に築城するに当り
 御託宣により社殿を現在地に遷座し御神徳を賛え十一ケ村からなる流鏑馬神事が行われ毎年盛大な
 祭典がなされていた。
 元和八年(一六二二)最上家改易により成澤城も廃城後の領主堀田正虎公生徳四年(一七一四)九月
 社殿を改築明治六年郷社に列せられた。
 大正年八月二十六日大暴風雨のため社殿倒潰し大正五年八月十一日復興再建し現在に至っている。
 昭和二十年第二次世界大戦後信教の自由にもかかわらず昭和四十九年(一九七七)八月氏子住民
 一丸となって神橋改築並びに社殿の改修がなされた。
 この度山形市が成澤城跡を歴史公園として整備することになり地区住民一同の協賛により成澤城本丸
 跡(館山々頂)に八幡神社奥宮を建立し平成十一年六月十三日遷宮式を斉行し地区の守護神として
 御神徳を新たに崇拝しております。

   平成十一年八月吉日                  成澤八幡神社

   と、書いてある。

元木石鳥居
 石屋の目

  この鳥居が作られた年代は平安時代と言われているようです。この
 時代にこれほどの大きさの笠石をどの様な方法で完成させたのかその
 時代に行って見てみたいです。
  元木の石鳥居に比べこちらの鳥居の方が亀裂などが少ないので
 八幡神社の鳥居の方がが後にできたのではないかと思う。もしくは、
 周りに木があり屋根代わりになり風化が抑えられたのかもしれない。

                          平成26年10月29日見学撮影

八幡神社の石鳥居
  次回をお楽しみに



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