(40)今月の写真・画像  宇治浮島十三重石塔     (国指定重要文化財) 京都府宇治市宇治塔ノ川



 
     この塔の台石にはめ込まれた石には。
  
 浮 島 十 三 重 石 塔
                                重要文化財   昭和廿八年三月指定
  宇治川大橋
   大化二年(646)僧道登が架設した我国史上最古の大橋であったが激流のため屡を流失し久しく中絶していた
   弘安九年(1286)奈良西大寺の高僧叡尊律師(興正菩薩)が是を再建復興した
  浮島(塔の島)
   叡尊律師が宇治大橋を構築するに当り放生会を修する祈祷の道場として築いた島棋である
   即ち島は五十四尊太会を槙みした舟型としその中央に大塔婆を建立し大掎の上流一帯は綱代を禁制して
   渙氏の漁具を悉し此処に埋めて永遠に殺生禁断を誓い大橋の再建成就と永世護持をを祈願した
  十三重石造大塔
   弘安九年叡尊律師が大橋の再建成就祈願のため建立した日本最大の石造佛塔である
   一見率塔婆永離三悪道の佛語に基き河水塔影を浮かべて遠く滄海に潅いでは画鼈自ら善緑を結び清風友堤に
   触れて広く山野に及べば鳥獣も亦悪報を免るとする理念に掾るものである
   塔の関根法要には亀山上皇の御幸を拝し大橋の落慶法要と共に営なまれ盛大を極めた
    塔高の五大父は五知日如来十三層は十三大会の諸尊台石の九尺四方は九会曼陀羅を擬表したものである
    塔中納蔵品(宝暦の大洪水に崩壊した時発見)如意輪観音像 十三佛 水晶五輪小塔 金造舎利塔
    五鈷鈴 紺紙金沢法華経 日無量正時経 金造経筒
  浮島大塔の再建
   宝暦六年(一七五六)未曾有の大洪水に崩壊した大塔は百五十年間川底に深く埋没した侭となっていた
   明治丗八年岡山県の仁 福田海主 多日青連居士 叡尊律師の誓肯を継承し大塔の復興を発願するや
   近畿 東海 山陽四國の信衆コ沓隨喜協賛し宇治町岩井勘造氏を首め有志者亦挙ってえれに協力
   同四十一年(十九0八)仲秋遂に克く再建の誓願を達成して大塔徃古の優姿を復えした
   開眼法要は各宗寺門交々厳修旬余に及び福田海は佛影五百万休を奉流水燈供養を修し方生会を行った
    塔の重量廿三万八千余貫基盤は地下十尺立方とし大般若経一宇一石写経万を理納八葉通台や模擬した
    基坦には日露戦争陣没将兵廿三万八千霊名石を約入塔中には叡尊律師が奉蔵した如意輪観音像十三佛と
    新たにシャム國請来の金造釈迦如来を安置し頂上の霊空蔵石には水晶宝珠と宝剣を納蔵した
                                                 右京嵯峨  小林美喜雄  撰并書
      大塔再建五十周年記念
                        橋寺  方主院
 西 面 南 面  東 面  北 面 
       

 
 京都宇治と言うと平等院・宇治上神社が有名で、世界遺産の平等院から宇治上神社に移動のため、橋を渡り宇治川の
中州(中ノ島)を川上に向かって歩くとこの塔が目に入る。少し中州を歩くと左側に宇治神社に渡る橋が有り、この橋を通
り過ぎ塔を目指して歩くと小さな橋が有り、橋を渡ると目の前にこの塔がそびえ立っている。
 私達がこの塔を見学している間に世界遺産の平等院や宇治上神社に見学者に行くと思われる多くの人たちが通り過ぎ
ましたが、この塔に立ち寄る人はおりませんでした。 

塔に彫られた梵字 石屋の目
 この塔の下に来て見ると高さが高いのにびっくり、台座にはめ込まれた碑文
によると、この塔が造られた弘安九年・再建された明治41年どちらにしても機
械の無い時代大変な労力と気遣いが有ったものと思います。特に造られた当
初の鎌倉時代のやり方では、私には加工や建てる方法は想像ができても、そ
れを実行するのは難しいと思い、ただただ「大きいな・高いな」と思いました。
 大洪水により倒壊されたようですが、地震などにより倒壊された塔より石の損
傷が少ないように見受けられ、一番上の九輪や笠なども大きな損傷が無いよ
うに見える、水が衝撃緩和の役目になったのではと思います。

                                    
                              平成24年5月30日見学
 
塔に彫られた梵字
                              次回をお楽しみに
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