今月の写真(12)   河桁御河辺神社の石燈篭    (国指定重要文化財)

滋賀県八日市市神田町
  
     国 指 定
     重要文化財   石 燈 籠    延慶四年(1311)
                                               昭和37年2月2日指定
                                               河桁御河辺神社所有
              宝珠から基壇まで、高さ230.6メートルの花崗岩製の平面六角形の石燈籠です。基礎
             上面には単弁の蓮華が彫られ、側面には獅子・孔雀・宝瓶三茎蓮を配置しています。円柱
             状の竿は三節とも連珠文で、特に中節に紐飾りを付け、四方の中心がわかるように十字式
             に珠を配置し、珠文の彫り出しが鮮明です。中台の下端は、単弁の蓮華を彫り、間弁を入れ
             ています。側面は各面を二面に分け、各々格狭間を入れています。火袋の各面は上に二連
             の連子窓・下に格狭間が入り・中央部には方形の火入れが二面・丸窓が三面あき・残る一
             面には次の碑文が刻まれています。
                    十八日造立之
                延慶二二(四)年 辛 亥 卯月
                    願主沙門僧聖円
              延慶四年は、西暦1311年(鎌倉時代後期)です。
              笠は蕨手の巻き込みの中を貫通して本当の蕨手にし、宝珠には火焔を意味する線を彫り
             出しています。
              この燈篭は、全容的につりあいのよい、すっきりした鎌倉時代の名作です。

                                             
                                                     八日市市教育委員会
                             以上案内板より

                       
東   面 南   面 西   面 北   面
   河桁御河辺神社境内に入ってすぐの右側に案内板があり、案内板によりますと
 由緒
  当社の創設は古く、人皇二十九代宣化天皇四年に神崎の郡司、玉祖宿弥磯戸彦連
が神勅により、五穀豊穣、万民長楽の神として勧請せられた。中古より三河辺大明神
と称えられ淳和天皇の天長二年には、弘法大師が当社に参詣され、十七日間参籠さ
れたと伝えられています。延喜二年に当社を神名帖に加えられ、川桁神社として宮幣
を賜り、神領を封下されました。当社は愛知川の水上にて比川の北東の源は即ち君
ケ畑にて惟喬親王の宮居があり比辺を総じて御園と称し、川の名を御川という、其の
御川の辺にまします御社にて、御川辺神社と称し、御園地域の総社として称えられ明
治十六年に現在の社名となりました。
 社殿は建武年間と応仁・文明の兵乱で焼失、さらに天正十年の兵乱にも会い、破壊と
復興を繰返し、現存する本殿は、慶長十五年(1610年)造営のものです。
 この本殿の前には国の重要文化財に指定された鎌倉時代建立の六角石燈籠があり
ます。
 
河桁御河辺神

     

笠の蕨手の巻き込みの貫通された蕨手
石屋の目
 この燈篭は約七百年前に製作された燈篭ですが、各部
分が大変しっかりと作られており大変腕の良い石工によ
って時間をかけ作られた物と思う、今の道具の有る時代
と違いどのような工夫をされ作られたものか、この時代に
戻ってみて見たいものです。
 この燈篭の見学にあたり、突然訪れた私に鍵を開け
て、石燈籠を心行くまで見学させて頂き、河桁御河辺神
社の皆様方に心より御礼を申し上げます。

基礎上面の蓮華側面の孔雀の彫刻
  
  同じような形の石燈籠があります。現地には石燈籠の案内板が有りませんでしたが重要文化財に指定されている物
 です、河桁御河辺神社の燈篭より4年後の銘があり、笠の蕨手の巻き込みのなかも貫通されておりますが、四箇所が
 倒壊によるものと思われ損傷しております。また、左に立つ燈篭は後日似せて作られた物ですが時間が無かったのか
 石工の技量が無かったのか出来が違います。
    滋賀県蒲生郡蒲生町岡本        高木神社   正和4年(1315年)
東  面 南  面 西  面 北  面
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