今月の写真(7)      長野県南佐久郡臼田町十日町の六面石幢  (国指定重要文化財)
こ の 塔 の 案 内 板 に は
             六 地 蔵 幢
         
1・所在地   長 野 県 南 佐 久 郡 臼 田 町 字 十 日 町
         1・所有者   臼 田 町
         1・指 定   昭 和 三 十 六 年 三 月 二 十 三 日   文 部 省 指 定 重 要 文 化 財
         1・造 立   室 町 前 期 永 享 十 二 年 ( 1 4 4 0 )
         1・幢 型   総 高 2 3 3 セ ン チ 安 山 岩 笠 裏 に 「と き 永 享 十 二 稔 庚 申」と 陰 刻。
         1・       六 地 蔵 の 石 上 端 に 「 迷 色 之 師 奥 州 住 人 秀 鶴 」 黒 漆 で 記 す。
               平 成 元 年 七 月
                               
 臼 田 町 教 育 委 員 会
            
  

道路より正面 右面 左面 龕部内地蔵様
この塔を見学するときには、道路の脇に有るので車のスピードを緩めて走らなければ通り過ぎてしまう、この塔を見
て先ず気がついたのは、竿石にあるくぼみで、一瞬げんのうこずきの手法なのかとしばらくの間見続けていた、ブロ
ック塀の60代住人が出てきて話をしてくれました。
 話によるとこのくぼみは先代が子供のころ何人かで、石で叩いてあけたとの事で、また、その頃この塔はお寺の参
道に建てられていた、今の位置に立てられる前は道路の中に立っていたそうです。
 良くこの塔を見ると地震などで倒壊した形跡も無く竿石や台座以外は破損も無く大変良く残されています、笠裏な
どにも垂木などを彫り、中台裏にも下の写真を見るような彫刻が施されよく出来ている塔です、帰りがけに、話をして
くれた方より臼田町教育委員会よりのパンフレットを頂きましたので下記に記します。  
                

     中台裏を見る
1・ 幢形
  六角形の手の込んだ重制石幢である・総高233セン
 チ・  石質安山岩・基礎は風化し、胴張り柱の竿上下
 には単弁の座を作る。 現状竿石に多数のくぼみのあ
 るのは、土地の子供の手遊びのよるもので、竿にあっ
 たと考えられる銘文は全く不明である。 中台は六角
 形の屋根をなし、上には勾欄の一段を刻み出す。 龕
 部は六角の各正面に長方形の窓を貫通し、内部に納
 めた別石の六面に六地像を厚肉彫りに表わし、各窓
 から六体の像を拝める作りである。 龕部上部に別石
 の長押以上の部分をのせ、各正面に堅額を掘出す
 る。
 軽快な反りを持たせた笠の軒裏には二重の繋垂木と
 隅木を彫刻、宝珠部も風変わりの造作である。  
 
笠裏二重繋垂木隅木の彫刻
 2・ 考察
     1、石幢は中国唐時代からはじまり、幢身に仏頂尊勝陀羅尼を刻したもの多く、尊勝幢とも呼ばれたという。 幢
      は、はたぼこ、はたの義で、寺院の須弥壇脇に飾った幢幡が石造となったもので、わが国では六角幢が最も多
      く六角幢の名称もある。 わが国の石幢は、最近の調査によると、鎌倉初期の年号が発見されている。 この普
      及は室町時代に入ってからで、地蔵信仰と結びつき、六地蔵を各面に彫り出した重制石幢が表われはじめる。 
      臼田町内だけで、現在二十基以上を数えるが、この十日町六面地蔵幢が範となっていると考える。
     2、 この石幢については、刻銘により、造立年代は明らかであるが、願主、造立趣意等は不明である。 黒漆書
      文字の解釈についても古来郷土史家や文学者による推理的な説は出されているが、今のところ不可解という
      以外ない。
     3、 現在の石幢の位置は民家の傍ら街道添いであるが、平林千手院はかって十日町の東方木伐窪清水端にあ
      り、この石幢は、その参道に建てられたものとの伝承があり、現在の位置は、最初の建立地点から幾度か移転
      を重ねたもののようである。
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